夜の踊り場

自作小説を置いていきます。

さよなら世界

          f:id:yui_shiki:20190428180431j:plain



    桜が散っていくのが嫌なので春を止めてしまった。そして私たち以外が息をしているのもなんか許せなくて、みんな消してしまった。 


 世界には私と久我くんしか居なくなった。
 誰も動かしていないのにダイヤに沿って勝手に動く地下鉄に乗って、無機質に響くアナウンスを耳に、私と久我くんはお互いにお互いを認識するように対面に座る。例え私たち以外の全人類が消えた状況でも、公共的な場所ではお喋りはあまり良くないから、私たちは喋らない。トンネルの中をゴォーと走る電車の音が空間を埋める。 


 地下鉄を降りて地上に出る。暖かな春の日差しがキラリと私たちを照らしつけ、のどかな風が傍を通り抜けていく。一生こうだったらいいのに。一生こうにしたんだった。
 川沿いまで歩くと、そこは大きな桜の木が幾本と立ち並んでいて、石造りのレンガで補正された河川敷はピンクの絨毯が敷かれているかのように、桜の花びらで占められていた。
 近くに構えていた屋台の売り物を、料金を支払い(誰もいなくても対価は支払うべきだ)、河川敷で座って食べる。美味しいね、と久我くんが言うので、私はあんまりそうだと思わなかったけど、美味しいね、と返した。夜には月明かりが照らす桜を肴に、コンビニで買ってきたお酒を飲んで、夢見ごこちになる。久我くんはお酒に弱いようで、あんまり気持ちよさそうではなかった。誰もいないから街灯以外の電気がつかないね、桜がよく映えるね。そのうちきっと人工的な光が全部消えて、月だけが私たちと桜を照らしてくれるんだよ、素敵だね。
 そうだね、と浮かない表情で久我くんは応えた。 


 久我くんはだんだんと嫌な顔をするようになってきた。もうそろそろ全部元に戻してもいいんじゃないかって。私はそれに賛成しなかった。久我くんと私はずっとここにいて、終わらない春をずっと楽しむんだよって。
 
 そんなことさせるものか。
 
 久我くんは顔を真っ赤にして怒って、桜の絨毯をぐしゃぐしゃに荒らして、屋台にあったハサミで私を刺し殺そうとしてきた。
 でもそれは無意味。なぜなら私と久我くんしか今この世界にはいなくて、この世界を作ったのは私だから。久我くんの身体は足の先からだんだんと桜の花びらに変わっていく。手のひらも花びらになって、ハサミがその中に埋もれていく。胴と顔だけになって、さっきまでの勢いと自然落下により、私の元へ久我くんがやってくる。ぎゅっと抱きしめた頃には、久我くんはもう他の花びらと区別がつかなくなっていた。
 一人ぼっちになってしまった。それは良いことなのかと言うと良くないことなので(人は支えあって生きていくものだから)、久我くんをすぐに再生した。
 久我くんはぺたんと尻もちをついて、記憶が移されただけで、今の俺は前の俺とは違うんじゃないか、と言ってきた。
 さあ、わかんないよ。
 でもそんなことはどうでも良くて、一緒にいることの方が大事で、喧嘩をせずに、楽しいことだけ話して、お酒を飲んで、嫌なことは忘れて、桜の匂いに包まれて永遠に過ごそう。この桜だけで私は過ごしていけるし、それさえあれば他はいいんだよ。
 久我くんは首を振る。「僕には無理だよ、そんなこと。僕は君とは違うから、この桜だけで永遠に過ごすことは出来ない」
 そうやって私には再生が出来ないように、久我くんは自分で自分を粉々にして、桜の花びらにしてしまった。本当の本当に桜の絨毯の中に紛れてしまって、次の日になるころにはもう二度と元に戻すことは出来なかった。自分でそれをするのはすごく大変で難しいことなのに、久我くんはそれをやって見せたのだ。何度も再生が出来ないか試みたけど、やっぱり駄目だった。


 川に浮かんだ桜の花びらが、どんどんと下流へ下っていく。そんなに遠くに行ってしまっては、私ではそこにたどり着けないんじゃないかと思いが積もる。
 私しかいない世界で、行けない場所なんてないはずなのに。
 はぁ、とため息をつく。仕方ない。消した人類を全て再生して、春を進ませよう。
 それは久我くんを再生させるより少しだけ面倒なことだけど、どうにも出来ない事でもない。


 いつか久我くんがこの世界に再生されるまで、彼の想いを聞き届けることにしたのだから。